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箱根神社

  • 2019/08/16(金) 11:06:21

箱根神社は神奈川県足柄下郡にあって、芦ノ湖の畔に立つ、風光明媚な神社です。




























↑箱根神社対岸からの眺め

晴れていれば、この正面に富士山の雄大な山容が映り込むはずなんですが、ご覧の通りです。そして、船の下の方に見える黒い物体ですが、あれは何なのかよく分かりません。そして、この写真を撮った後、カメラの調子が悪くなり、一時的に作動不能となりました。雨が降っていたので、一時的に故障したのでしょうが、もしかすると、良からぬものが映り込んだせいかも・・・





↑箱根神社対岸からの眺め

少し前に撮った写真には、黒い物体は映り込んでおらず、カメラも問題無かったです。晴れていれば、この後、三島スカイウォークに行く予定でしたが、富士山が見えないので、止めました。しかし、晴れていたとしても、三島スカイウォーク付近は大混雑だったので、入るのは難しかったでしょう。特に、三島方向からの車の渋滞は凄まじかったです。箱根神社だけは、まだ静寂でした。




↑しらす丼

三島駅近くにある、「和匠 とと兵衛」という店で頼みました。いかにも新鮮で、さっぱりした塩味が効いていました。10点中7点。


栃木県の登山仲間とは、「また、来年、ご一緒しましょう」との約束を交わし、三島でお別れしました。

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江ノ島

  • 2019/08/16(金) 10:40:07

江ノ島は、神奈川県藤沢市にある島で、湘南の景勝地として知られています。


この日は、朝に甲府市を出て、渋滞気味の東京を経由し、またもや渋滞の鎌倉を観光し、ようやく夕方になって、江ノ島に到着しました。渋滞によって、観光の時間が奪われるのが、盆休みの辛いところです。予約していた民宿の夕食時間が迫っていたので、急いで島を駆け上がって行き、なんとか夕食の時間に間に合いました。





↑民宿の夕食

真ん中の魚はマグロで、唐揚げは鳥です。この後、刺身、焼き蛤(はまぐり)、ご飯、味噌汁などが出て来ました。そして、別料金の江ノ島ビールで乾杯しました。10点中、8点とします。

泊った民宿ですが、部屋のドアががたついていて、従業員もあまり愛想が良く無かったので、最初の印象はよくありませんでした。しかし、夕食はなかなかボリュームがあって、美味しかったです。夕食を食べ終わるとすっかり日が暮れていましたが、折角なので、江ノ島のシンボル的な存在である、江ノ島展望灯台に立ち寄って見ました。


















↑江ノ島展望灯台






↑北を望む

展望灯台からの眺めです。





↑西を望む






↑西南を望む

眼下の島が江ノ島で、左方向に伊豆半島があります。






↑南東を望む






↑東を望む

手前が江ノ島で、正面奥の陸地が三浦半島です。








時間が余りにも足らず、砂浜を歩く事もできませんでしたが、それでも良い思い出が出来ました。


鶴岡八幡宮・鎌倉大仏

  • 2019/08/15(木) 19:21:56

鶴岡八幡宮は、神奈川県鎌倉市にある神社です。


康平6年(1063年)、河内源氏の源頼義が、京都の石清水八幡宮を鎌倉由比ヶ浜に鶴岡若宮として勧請(祭神を他の神社に移すこと)したのが始まりである。治承4年(1180)、源氏再興の旗を掲げた源頼朝は、鎌倉に入ると、現在の小林郷北山の地に八幡宮を移した。頼朝は、八幡宮を鎌倉の中心として町を整え、また、関東の総鎮守として武家からの崇敬を集めた。その後も八幡宮は、時の権力者の保護を受けて存続するが、明治時代の廃仏毀釈、大正時代の関東大震災を受けて多くの建物、仏像、経典が消失してしてしまう。それでも、江戸時代に建立された建物群を保存、修復しつつ、現在に到る。















↑本宮

ここから先は朱色の見事な造形が見られるのですが、写真撮影禁止となっていました。





↑鎌倉国宝館 

ここでは見事な仏像の数々が見れます。





↑源平池






↑源頼朝の墓

鶴岡八幡宮から、程近い場所に葬られています。一つの歴史を創り、また、鶴岡八幡宮や鎌倉の町の基礎を造り上げた人物の墓ですが、訪れる人も少なく、ひっそりと佇んでいました。





↑鎌倉大仏

鶴岡八幡宮を後にすると、鎌倉大仏が鎮座する高徳院に向かいました。

鎌倉大仏は、建長4年(1252年)に造立が始まったと伝えられています。

材質は青銅で、像高約11,3m、重量約121t




















↑大仏内部

大仏の内部を見学することも出来ます。上部の穴が、大仏の頭部にあたります。



私が鎌倉を訪問するのは初めてでして、見るもの全てが新鮮でした。まだまだ見て周りたかったですが、時間の制約もあって、有名所だけの見学となりました。鎌倉は、日本の中世の歴史において重要な位置を占めていますが、現在、鎌倉を見学している人の半数は外国人であると感じました。特に、鎌倉大仏は日本人より、外国人の方が多かったです。彼らの方が、日本的な文化、建造物を好んでいるのかもしれません。


阿寺渓谷・奈良井宿

  • 2019/08/15(木) 12:20:31

阿寺渓谷は、長野県木曽郡大桑村にある渓谷です。透き通ったエメラルドグリーンの水が流れる、とても美しい渓谷です。阿寺渓谷は車両通行規制が布かれているので、渓谷入口からシャトルバスに乗っていくか、歩いて行くことになります。





↑渓谷入口付近

入口付近から既に水は透き通っていて、否が応にもこの先に期待を持ってしまいます。駐車場にいたおじさんに聞いたところ、行きは渓谷沿いを歩いていって、帰りはバスに乗ってはどうかと勧められたので、行きは歩いていきました。


























渓谷の中ほどにある、シャトルバス発着場まで歩いて行きましたが、緩やかな坂道を1時間ほど登っていったので、結構しんどかったです。私は、行きはバス、帰りは歩き、または行き帰りともバスで行くことをお勧めしたいです。水の美しさは、評判通りでした。今度、長野県に行く事があれば、山登りの帰りに、阿寺渓谷に寄って、泳いでみたいです。


阿寺渓谷を出た後は、長野県塩尻市奈良井にある、奈良井宿に向かいました。ここは、旧中山道34番目の宿場で、難所とされた鳥居峠(標高1,197m)の麓にあります。当時は、奈良井千軒と云われ、木曽路で最も栄えた宿場であったそうです。



























奈良井宿は、有名な妻籠宿よりも、町屋が長く続いるように感じました。趣がありながらも人は少なく、散策しやすかったです。






↑ソースカツ丼


伊那市にある、「たけだ」で頼みました。1590円と少々高いですが、値段に見合った味と量でした。10点中、7点とします。もうちょっとだけ、品数が欲しかったです。

亀老山展望公園・大山祇神社

  • 2019/05/25(土) 17:21:37

四国3泊4日旅行の最終日です。

四国で3泊を過ごしましたが、まだまだ、あちこち巡りたかったです。しかし、時間も無くなってきたので、ここらで近畿への帰路につきました。四国から車で近畿に向かうには、鳴門→神戸、坂出→児島、今治→尾道の3ルートがあって、前回の旅行時は鳴戸→神戸ルートを使いましたが、今回は少々、遠回りとなるものの、景観の美しい瀬戸内しまなみ海道を通ることにしました。その途中に立ち寄ったのが、愛媛県今治市にある亀老山(きろうさん)展望公園です。





↑展望台から南西を望む

眼下に見えるのは、来島海峡大橋です。





↑展望台から南東を望む

対岸に見える都市は、今治市です。





↑展望台から北西を望む

島と海の彼方に広島があります。





↑来島海峡大橋のアップ





↑今治市のアップ

しまなみ海道は噂に違わず、景観の美しい道路で走っていて気持ちよかったです。この道は、サイクリングの名所としても知られており、多くの自転車が行き交っていました。亀老山展望公園を後にすると、次は1つ島を越えた先にある、大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)に向かいました。





↑大山祇神社

この神社には歴史上の有名人物が多数、参拝しており、また、国宝や重要文化財に指定されている、甲冑や刀が多数、収められている、凄い神社です。





↑乎知命(おちのみこと)御手植の楠 

乎知命は、祭神である大山祇神の子孫と言い伝えられています。





↑伊藤博文御手植えの楠


伊藤博文は、日本の初代総理大臣で、神社を参拝した際に植樹したそうです。




↑拝殿





↑宝物館

ここでは、源義経や、源頼朝が奉納したと伝えられる鎌倉時代の大鎧や、大祝(おおほうり)鶴姫が着用したと伝えられる、女性用の鎧に見入りました。歴史好きな方が大山祇神社を訪問したなら、忘れずに宝物館を見てもらいたいです。


神社を出た後は近くにある、しまなみの駅 御島(みしま)と隣にある店でお土産を買い込んでから、帰路につきました。それから何度も渋滞に巻き込まれつつ、無事に帰宅しました。長いようであっという間の3日間でした。